分析日: 2025年10月28日 分析対象: 4,620エンティティ、14,106リレーションシップ(航空・宇宙・防衛産業、2025年10月16-28日の3,000ニュース記事) 理論的枠組み: Edler & Georghiou政策類型、Barabási-Albert scale-free network、Mazzucato Entrepreneurial State
---本報告書は、航空宇宙・防衛産業の世界的サプライチェーンネットワークを対象に、その構造的特徴を実証的に明らかにし、形成メカニズムを理論的に解明し、経済安全保障とレジリエンスの観点から政策的インプリケーションを導出する。従来の表面的な依存度分析や単純な「代替調達」提言とは一線を画し、本分析は制度的要因、ネットワーク理論、産業組織論、イノベーション政策論を統合した理論的枠組みに基づき、なぜ現在の構造が形成されたのか、誰のインセンティブをどう変えれば構造が変わるのか、政策介入の因果メカニズムと意図せざる結果は何かを論じる。
分析対象となるネットワークは、航空機産業、宇宙産業、防衛産業という異質な3つの産業セクターを包含している。この混在は、単純な言及件数の多寡が産業競争力を示すものではないことを意味する。例えば、衛星関連が824件、航空機が809件、UAV/ドローンが462件と、宇宙関連が全体の23%を占める事実は、宇宙産業が航空機産業より「強い」ことを意味しない。むしろ、宇宙産業が近年の技術的・政策的変化(Commercial Crew Program、NewSpace、Artemis計画)により注目を集めている時代的バイアスを反映している。したがって、本分析では産業別の構造的差異を明示的に区別し、各産業固有の制度的要因を考慮した上で政策的インプリケーションを導出する。
本分析は以下の4つの理論的支柱に依拠する。
第一に、Barabási-Albertのscale-free network理論である。観測されたネットワークは、少数のハブノード(NASA: 236接続、SpaceX: 245接続、Lockheed Martin: 183接続)への極端な集中を示す。平均次数3.52に対して最大次数245という分布は、power-law分布の特徴を持つ。Barabási & Albert (1999) が示したように、ネットワークが成長過程においてpreferential attachment(選好的接続)メカニズムに従う場合、「rich get richer」効果によりhub dominanceが自然発生する。この理論的洞察は、現在の構造が偶然ではなく、ネットワーク成長の内在的ダイナミクスの帰結であることを示唆する。
第二に、Edler & Georghiou (2007, 2012) のイノベーション政策類型である。彼らは政策手段をsupply-side policies(R&D助成、人材育成)、demand-side policies(公共調達、規制、標準化)、systemic policies(エコシステム構築、制度設計)に分類し、特にdemand-side policyの市場形成力を強調した。本分析では、NASA Commercial Crew Program($3.1B)やインドのOffset政策(30%義務)が、単なる需要創出を超えて、サプライチェーンネットワークの構造そのものを形成した過程を検証する。
第三に、産業組織論の参入障壁理論である。Boeing 787の開発費$32B、認証取得に要する数年という事実は、商用航空機産業が自然寡占構造を持つことを示す。Bain (1956) の古典的枠組みに従えば、絶対的費用優位性と規模の経済が同時に作用する産業では、既存企業の市場支配力が極めて強固になる。本分析は、この参入障壁がどのように認証制度や技術標準と相互作用し、lock-in効果を生むかを論じる。
第四に、Mazzucato (2013, 2024) のEntrepreneurial State論である。Mazzucatoは、米国の技術的優位性が「小さな政府」ではなく、NASA、DARPA、DoD等による戦略的投資の帰結であることを実証した。本分析では、SpaceXの準独占状態(米国軌道打ち上げの87%)が、NASA Commercial Crew Programという政府の市場形成的介入の意図せざる結果であることを示す。この洞察は、政府の役割を市場の「修正」ではなく「形成」と捉え、mission-oriented approachの重要性を浮き彫りにする。
---観測されたネットワークは、4,620ノード、8,134エッジ、ネットワーク密度0.000381という疎結合構造を示す。この低密度は、エンティティ間の直接的接続が限定的であることを意味するが、最大連結成分が80.8%(3,733ノード)という事実は、間接的には高度に連結していることを示す。この一見矛盾する特徴は、scale-free networkの典型的性質である。
次数分布の分析は、極端な非対称性を示す。平均次数3.52に対し、最大次数は245(SpaceX)であり、標準偏差が平均を大きく上回る。上位20エンティティが全体の接続の大部分を占め、NASA(236接続)、SpaceX(245接続)、Lockheed Martin(183接続)という3つのスーパーハブが存在する。PageRank分析では、NASA(0.0133)、United States(0.0109)、SpaceX(0.0091)が圧倒的な重要性を持つ。
この分布の理論的解釈として、Barabási-Albert modelが示唆する
preferential attachmentメカニズムが作用していると考えられる。すなわち、新たにネットワークに参入するエンティティは、既に多くの接続を持つノードと優先的に接続する傾向がある。なぜなら、既存の接続が多いノードは、(1) 信頼性の実績がある、(2) 技術標準を事実上定義している、(3) 規制当局との関係が確立している、(4) 規模の経済により低コストを実現している、という複数の理由で魅力的だからである。
この「Matthew効果」("the rich get richer")は、初期のランダムな優位性が自己強化的に拡大されるプロセスを記述する。NASAが1960年代のApollo計画で確立した技術的・制度的優位性は、その後の宇宙開発プログラム(Space Shuttle、ISS、Commercial Crew)を通じて累積的に強化され、現在の236接続という圧倒的中心性につながった。同様に、Lockheed MartinがF-35プログラムで獲得した地位は、後続の防衛調達でも優位性を持つという正のフィードバックループを生む。
Betweenness centrality分析は、ネットワーク内の情報・資源の流れを媒介する度合いを測定する。NASA(0.033)、SpaceX(0.029)、Lockheed Martin(0.027)が最高値を示すことは、これらのエンティティが「橋渡し」機能を果たしていることを意味する。ネットワーク理論の観点からは、高いbetweenness centralityを持つノードの除去は、ネットワークを複数の非連結成分に分断する可能性が高い。
しかし、この「単一障害点(SPOF)」という表現は、より深い理論的考察を要する。NASAやLockheed Martinが突然消滅するシナリオは非現実的であり、問題の本質は物理的な除去ではない。むしろ、これらのハブが持つ制度的機能が代替不可能であることが重要である。
NASAの役割は単なる発注者・運営者ではなく、(1) 技術標準の設定者、(2) 新技術のリスクテイカー、(3) 産学官の調整役、(4) 長期的ビジョンの提示者、という多層的機能を持つ。Commercial Crew Programにおいて、NASAはSpaceXとBoeing に技術的要求仕様を提示しただけでなく、開発過程で段階的な資金提供と技術的助言を行い、失敗のリスクを分担した。この「Entrepreneurial State」としての機能は、民間企業単独では代替できない。Mazzucato (2013) が指摘するように、米国の宇宙産業の成功は、政府が市場の「修正」ではなく「創造」の役割を果たした結果である。
したがって、SPOF問題の本質は、制度的機能の集中と非代替性にある。政策的対応は、単に「代替サプライヤーを育成する」という表面的なものではなく、ハブエンティティが担う制度的機能をどのように分散・代替可能にするか、という制度設計の問題として捉えるべきである。
国別分布の分析は、米国の圧倒的優位性を示す。全エンティティの33.2%、全リレーションシップの45.9%が米国関連である。インドが第2位(12.0%)、英国・中国が同率3位(4.4%)という分布は、極端な一極集中を示す。
この地理的集中の理論的説明として、3つの因果メカニズムが考えられる。
第一に、Cold War期の制度的遺産である。NATOの設立(1949年)と米国の対ソ戦略は、西側同盟国の防衛産業を米国規格に標準化させた。ITAR (International Traffic in Arms Regulations) の前身となる武器輸出管理法(1976年制定、2013年大幅改正)は、防衛関連技術の輸出を厳格に規制し、米国企業以外との取引コストを劇的に引き上げた。ITARは単なる輸出規制ではなく、サプライチェーン全体にカスケード効果を持つ。企業Aが企業Bから部品を調達し、それを外国に販売する場合、企業Bもまた ITAR準拠を求められる。この連鎖的要求は、ITAR準拠企業のみからなるサブネットワークを形成させ、非準拠企業を事実上排除する。
2024年8月、米国国務省はAUKUS協定(Australia-UK-US)の枠内で、豪州・英国との間で70%以上のITAR規制品目についてlicense-free tradeを認める画期的改革を実施した。この改革は、ITAR規制がいかにサプライチェーン構造を規定していたかを逆説的に証明する。すなわち、規制緩和の瞬間に、豪英企業との取引コストが劇的に低下し、新たなネットワーク形成のインセンティブが生まれる。この自然実験は、制度がネットワーク構造を形成する因果メカニズムを観察する貴重な機会を提供する。
第二に、認証制度による参入障壁とlock-in効果である。FAA(Federal Aviation Administration)とEASA(European Union Aviation Safety Agency)による航空機認証は、数年の時間と膨大なコストを要する。Boeing 787の開発費$32Bのうち、相当部分が認証関連である。新規参入企業にとって、この固定費用は乗り越えがたい障壁となる。
さらに重要なのは、認証制度がcomplimentary assets(補完的資産)の重要性を高めることである。Teece (1986) の枠組みに従えば、航空機産業では製品技術そのものよりも、(1) 認証取得のノウハウ、(2) 規制当局との関係性、(3) 既存の生産設備とサプライチェーン、(4) アフターサービス網、といった補完的資産が競争優位の源泉となる。Boeing/Airbusはこれらの資産を数十年かけて蓄積しており、新規参入企業がこれを短期間で構築することは不可能である。中国のCOMAC(Commercial Aircraft Corporation of China)が、C919の開発に15年以上を費やし、国際市場での認知獲得に苦戦している事実は、この障壁の高さを示す。
第三に、preferential attachmentの自己強化メカニズムである。米国企業がすでに多くの接続を持つことは、新規プロジェクトにおいても米国企業が選ばれる確率を高める。調達担当者の視点からは、実績のある米国企業を選ぶことは、(1) リスクが低い(proven track record)、(2) 既存のサプライチェーンとの整合性が高い、(3) 政治的にも正当化しやすい、という複数の利点がある。この選択バイアスが累積することで、米国中心性が時間とともに強化される。
観測されたネットワークの最も憂慮すべき特徴は、サプライチェーンレジリエンスの極端な低さである。入次数を持つノードについて、平均サプライヤー数は2.81、平均調達元国数はわずか1.55である。これは、多くのエンティティが単一または2カ国からのみ調達していることを意味する。
この低冗長性の理論的説明として、効率性とレジリエンスのtrade-offが考えられる。取引コスト理論(Williamson, 1985)の枠組みでは、サプライヤー数の増加は、(1) 関係特殊的投資の分散、(2) 品質管理コストの増加、(3) 技術情報の漏洩リスク、というコストを伴う。航空宇宙・防衛産業では、部品の仕様が極めて厳格であり、サプライヤーとの長期的関係構築が不可欠である。このため、企業は少数のサプライヤーとの密接な関係を選好し、結果として冗長性が犠牲になる。
しかし、この効率性重視の戦略は、地政学的リスクを考慮していない。平均調達元国数1.55という数字は、特定国からの供給途絶(制裁、紛争、輸出規制)が連鎖的に波及するリスクを意味する。2022年のロシアのウクライナ侵攻後、ロシア製チタンへの依存が明らかになり、AirbusやBoeing は代替調達先の確保に苦慮した。また、希土類元素の中国依存(世界生産の60%)は、米中緊張の高まりとともに深刻な脆弱性として認識されている。
重要なのは、この低冗長性が企業の合理的選択の帰結であるという点である。個別企業の視点からは、効率性を重視し冗長性を最小化することが利潤最大化につながる。しかし、システム全体の視点からは、この戦略は集合的脆弱性を生む。これは典型的な外部性問題(externality)であり、市場メカニズムのみでは解決されない。したがって、政策介入の正当化は、市場の失敗の修正という古典的議論に依拠する。
---米国の圧倒的中心性は、Cold War期に構築された制度的アーキテクチャの遺産である。1947年の国家安全保障法により設立されたDoD(Department of Defense)とCIA、1958年設立のNASA、1958年設立のDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)は、米国の科学技術政策の三本柱となった。これらの組織は、単なる調達機関ではなく、技術開発の方向性を定め、リスクを引き受け、産学官の連携を促進する「Entrepreneurial State」の具現化であった。
NASAのApollo計画(1961-1972年、総予算$25.4B、2020年価値で$280B)は、米国の宇宙産業基盤を構築しただけでなく、契約管理、プロジェクトマネジメント、品質保証の制度的標準を確立した。この標準は、その後のSpace Shuttle(1981-2011年)、ISS(1998年~)を通じて精緻化され、事実上の国際標準となった。欧州のAriane計画、日本のH-IIロケットも、多かれ少なかれNASA標準の影響下にある。
DARPA の役割はさらに根源的である。DARPA は、インターネット(ARPANET、1969年)、GPS(1973年初期実験)、ステルス技術、マイクロプロセッサ等、多くの革新的技術の初期開発を支援した。Mazzucato (2013) が強調するように、これらの技術は民間企業単独では開発不可能であった。なぜなら、(1) 技術的不確実性が極めて高く、(2) 投資回収期間が長期にわたり、(3) 成果の専有可能性が低い(スピルオーバーが大きい)、という3つの理由で、民間のリスク資本市場では資金調達が困難だからである。DARPAは、これらの「Valley of Death」を政府資金で橋渡しし、技術が成熟した段階で民間に移転するというモデルを確立した。
この「リスク社会化・利益私有化」モデルは、経済学的には議論の余地があるが(Lazonick & Mazzucato, 2013)、技術開発の有効性は実証されている。SpaceXがFalcon 9ロケットで使用する技術の多くは、NASAとDARPAの過去の投資の蓄積である。Elon Muskの天才性は、これらの既存技術を統合し、ビジネスモデルを革新した点にあるが、基礎技術そのものは政府投資の産物である。
NATO体制もまた、米国中心性を制度的に固定化した。NATO標準化協定(STANAG: Standardization Agreement)は、加盟国の装備・手順を標準化し、相互運用性を確保することを目的とする。しかし実態として、米国が圧倒的な軍事力と技術力を持つため、NATO標準は事実上の米国標準となった。F-16、F-35といった米国製戦闘機が、多くのNATO加盟国で採用されている事実は、この標準化の帰結である。
さらに、ITAR規制は米国中心性を法的に強制した。ITARは、米国原産の防衛関連技術・製品の輸出を厳格に規制する。重要なのは、ITAR規制が最終製品だけでなく、コンポーネント、技術データ、製造プロセスにまで及ぶことである。例えば、衛星に米国製の部品が1つでも含まれていれば、その衛星全体がITAR規制対象となり、第三国への輸出には米国政府の許可が必要になる。
この規制のカスケード効果は、サプライチェーン全体に波及する。欧州の衛星メーカーは、顧客から「ITAR-free」であることを最初に問われると報告している(2024年調査)。ITAR-free製品の市場価値が高いのは、輸出手続きの簡素化だけでなく、米国政府の裁量的権限からの自由を意味するからである。しかし、米国の技術的優位性を考えれば、完全なITAR-freeは困難であり、結果として多くの企業が米国サプライチェーンに組み込まれることを選択する。
2024年8月のAUKUS改革は、この構造に風穴を開ける可能性がある。豪州・英国との間で70%以上の品目についてlicense-free tradeが認められたことは、ITAR規制が徐々に友好国間では緩和される方向性を示唆する。これは、信頼できる同盟国との間では、技術流出リスクよりも産業基盤強化の利益が大きいという政策判断の転換を反映する。日本がAUKUSへの参加を検討する文脈も、この制度変化を背景としている。
本分析で最も興味深い発見の1つは、インドが第2位のエンティティ数(12.0%、556社)を持ち、米国との双方向リレーションシップ(米→印154件、印→米126件)が顕著であることである。この台頭は偶然ではなく、インド政府の戦略的産業政策の帰結である。
インドの防衛Offset政策は、調達額が300 crore INR(約$36M)を超える場合、契約額の30%を国内での生産・技術移転・投資で相殺することを義務付ける。この政策は、単なる国産化要求ではなく、外国企業に対してインド国内でのサプライチェーン構築を強制する巧妙な制度設計である。
例えば、インド空軍がRafale戦闘機を$8.7Bで調達した際(2016年契約)、Dassault Aviationは$2.6B相当のoffset義務を負った。Dassaultは、(1) Reliance Groupとの合弁企業設立、(2) 部品製造のインド移転、(3) インド企業への技術ライセンス供与、という形でoffsetを履行した。この過程で、Reliance Defense、Hindustan Aeronautics Limited(HAL)、Bharat Electronics Limited(BEL)等のインド企業が、Dassaultのサプライチェーンに統合された。
Offset政策の経済学的効果は、Krugmanの戦略的貿易政策理論(Krugman, 1984)で理解できる。不完全競争市場において、政府が特定産業を支援することで、「excess return」(超過利潤)を自国に帰属させることが可能になる。航空宇宙・防衛産業は、(1) 寡占構造、(2) 規模の経済、(3) 学習効果、という3つの理由で、まさに戦略的貿易政策の対象として適している。
Offset政策は、infant industry protection(幼稚産業保護)の現代版とも言える。古典的な幼稚産業保護論(List, 1841; Hamilton, 1791)は、関税により国内産業を保護し、学習効果により国際競争力を獲得させることを主張した。しかし、WTO体制下では高関税は困難である。Offset政策は、貿易制限ではなく調達条件という形で、事実上の国内産業保護を実現する巧妙な制度である。
2020年開始のAtmanirbhar Bharat(自立したインド)政策は、Offset政策をさらに深化させた。この政策は、(1) FDI規制緩和(防衛産業で49%→74%)、(2) Production Linked Incentive(PLI)スキーム、(3) Defense Testing Infrastructure Scheme、(4) Make in India Initiative、という4つの柱からなる。特にPLIスキームは、国内生産額に応じて企業にインセンティブ(生産額の4-6%)を提供し、規模の経済達成を支援する。
これらの政策の効果は、既に数字に表れている。インドの防衛産業市場は、2024年の$27.1Bから2033年には$54.4B(CAGR 6.99%)への成長が予測される。Tier 1サプライヤー、SME(中小企業)の数が急増し、Lockheed Martin、Boeing、Thales、Dassault等の欧米メジャー企業がインドへの投資を拡大している。
理論的に重要なのは、Offset政策がdemand-side policyとして機能していることである。Edler & Georghiou (2007, 2012) が強調したように、公共調達は単なる需要創出ではなく、市場構造そのものを形成する力を持つ。インド政府は、巨大な防衛調達市場(2024年度予算INR 6.21 lakh crore、約$75B)を梃子として、外国企業にインド国内での生産を強制し、結果としてインド企業をグローバルサプライチェーンに統合させることに成功した。
この成功の条件は、(1) 巨大な国内市場、(2) 一貫した政策コミットメント、(3) 段階的な技術習得のroadmap、の3つである。インド市場の魅力がなければ、外国企業はoffset義務を理由に契約を辞退する可能性がある。また、政策が頻繁に変わればで、長期投資を誘引できない。インドは、これら3条件を満たすことで、政策の credibility(信頼性)を確立した。
日本にとっての教訓は明確である。日本もまた相当規模の防衛調達市場を持つ(2024年度防衛費¥8.9 trillion、約$60B)。しかし、Offset政策に相当する制度的メカニズムを欠くため、調達が国内産業基盤強化につながっていない。F-35の調達において、日本は最終組立こそ国内(三菱重工業)で行うが、主要コンポーネントは米国から輸入している。Offset政策があれば、Lockheed Martinに対して、日本企業への技術移転や部品製造の国内化を要求できた可能性がある。
Boeing/Airbus寡占(合計市場シェア90-95%)の形成過程は、技術的・制度的要因が複雑に絡み合った経路依存性の典型例である。
歴史的には、1970年代まで商用航空機市場は比較的競争的であった。米国にはBoeing、McDonnell Douglas、Lockheed、Convairが、欧州にはBAC、Sud Aviation、Fokker等が存在した。しかし、wide-body jet(Boeing 747、1969年; McDonnell Douglas DC-10、1971年; Lockheed L-1011、1972年)の開発競争が、産業構造を劇的に変えた。
Boeing 747の開発費は当時$1B(2024年価値で約$7B)という巨額であり、Boeingは倒産寸前まで追い込まれた。Lockheed L-1011は商業的に失敗し、Lockheedは民間航空機市場から撤退した(1984年)。McDonnell DouglasはDC-10の事故(1979年American Airlines 191便、273名死亡)で評判を落とし、最終的にBoeingに吸収合併された(1997年)。
欧州では、各国が個別に開発していては米国に対抗できないという認識から、Airbusコンソーシアムが設立された(1970年)。Airbusは、フランス(Aérospatiale)、ドイツ(Deutsche Airbus)、英国(Hawker Siddeley、後にBAE Systems)、スペイン(CASA)の4カ国共同事業として開始された。重要なのは、Airbusが純粋な民間企業ではなく、各国政府が株式を保有し、開発費の相当部分を政府ローン(返済義務はあるが、商業的失敗の場合は免除)で賄ったことである。
これは、Mazzucato (2013) が指摘する「Entrepreneurial State」の欧州版である。Airbusの成功は、「自由市場」の産物ではなく、戦略的な政府介入の帰結である。米国は、この政府支援を不当補助金としてWTOに提訴したが(2004年、Boeing vs. Airbus紛争)、WTO小委員会は双方に違法な補助金があったと認定した(2010年、2018年)。つまり、BoeingもまたNASA、DoD契約を通じて間接的に政府支援を受けていたのである。
現在の寡占構造の維持メカニズムは、4つの要因に依拠する。
第一に、開発コストの巨額化である。Boeing 787の開発費$32Bは、新規参入のハードルを事実上克服不可能なレベルに引き上げた。この額は、小国のGDPに匹敵する。
第二に、認証制度の複雑化である。FAAとEASAの認証要件は、過去の事故を受けて年々厳格化している。Boeing 737 MAXの2度の墜落事故(2018年Lion Air、2019年Ethiopian Airlines、合計346名死亡)後、FAAは認証プロセスを全面的に見直し、さらに時間とコストがかかるようになった。新規参入企業にとって、この認証取得は技術的挑戦であるだけでなく、規制当局との関係構築という政治的課題でもある。
第三に、アフターサービス網の重要性である。航空機の運用コストの大部分は、購入後のメンテナンス、部品交換、アップグレードである。BoeingとAirbusは、世界中にサービス拠点を持ち、24時間対応可能な体制を構築している。航空会社の視点からは、いくら購入価格が安くても、アフターサービスが不十分な新興メーカーの航空機を導入することは、オペレーショナルリスクが高すぎる。
第四に、sunk costとlock-in効果である。航空会社は、機種を統一することで、(1) パイロット訓練コストの削減、(2) 整備士の訓練コストの削減、(3) 部品在庫の効率化、というメリットを享受できる。一度Boeing機で運用体制を構築した航空会社は、次の調達でもBoeingを選ぶインセンティブが強い。これは、経済学で言う「switching cost」(乗り換えコスト)の典型例である。
中国のCOMAC C919は、この4つの障壁に直面している。C919の開発には15年以上(2008年開始)を費やし、2023年にようやく商業運航を開始したが、国際市場での受注は限定的である。主な理由は、(1) FAA/EASA認証未取得、(2) アフターサービス網未構築、(3) エンジン等の主要コンポーネントを欧米から調達(CFM International製LEAP-1Cエンジン)しており、完全な国産化未達成、という3点である。
理論的に重要なのは、この寡占構造が自然独占(natural monopoly)に近い性質を持つことである。規模の経済が極めて大きいため、市場は少数の企業しか sustain(維持)できない。Arthur (1989) の収穫逓増理論によれば、このような産業では、初期の偶然的優位性(historical accident)が、lock-in effectにより固定化される。Boeing が最初にjetlinerを商業化し(707、1958年)、市場を支配したことは、その後の競争優位の源泉となった。
政策的インプリケーションは、単純な「新規参入促進」では不十分ということである。自然独占的性質を持つ産業では、競争政策よりも、(1) 寡占企業の行動規制、(2) 技術標準の公開性確保、(3) アフターサービス市場での競争促進、(4) 国際協調による代替プラットフォーム開発、という間接的アプローチが有効である。
SpaceXが米国軌道打ち上げの87%(2024年、134打ち上げ)を占める準独占状態は、NASA Commercial Crew Program(CCP)という政府政策の意図せざる結果である。
CCPは2010年に開始され、SpaceXとBoeing にそれぞれ$2.6Bと$4.2B(合計$6.8B)を提供し、ISSへの有人輸送能力開発を委託した。この政策の目的は、(1) Space Shuttle退役(2011年)後の有人輸送手段確保、(2) ロシアSoyuzへの依存脱却、(3) 商業宇宙産業の育成、の3つであった。
CCPの革新性は、従来の「cost-plus契約」(実費精算+固定利益率)ではなく、「fixed-price milestone契約」(固定価格・マイルストーン払い)を採用したことにある。企業は、定められたマイルストーン(設計審査、試験飛行、認証取得)を達成した場合のみ支払いを受け、コスト超過分は企業が負担する。この契約形態は、企業にコスト削減のインセンティブを与え、イノベーションを促進する。
結果は劇的であった。SpaceXは2020年に有人飛行認証を取得し(Demo-2ミッション)、以降ISSへの定期的有人輸送を実施している。一方、Boeingは開発遅延と技術的問題(2019年Starliner無人試験飛行の失敗、2022年再試験の成功、2024年有人試験飛行の部分的成功だが帰還問題)に直面し、2024年時点で完全な運用認証に至っていない。
この対照的な結果の理由は、3つの制度的・組織的要因に帰せられる。
第一に、SpaceXの垂直統合戦略である。SpaceXはエンジン(Merlin、Raptor)、アビオニクス、構造材、ソフトウェアの大部分を内製化している。これにより、(1) サプライチェーンリスクの削減、(2) 設計変更の迅速化、(3) コスト削減、が実現された。対照的に、Boeingは伝統的な水平分業モデルを維持し、多数のサブコントラクターに依存している。Boeing 787の開発遅延の主因も、サプライチェーン管理の複雑性であった。
第二に、SpaceXの「rapid iteration」文化である。SpaceXは、失敗を許容し、迅速に学習し、改善するという開発哲学を持つ。Starship開発では、複数回の爆発的失敗(2020-2023年)を経て、徐々に性能を向上させた。この approach は、従来の航空宇宙産業の「失敗を最小化するための慎重な設計」とは対照的である。理論的には、これはEdmondson (2011) の「psychological safety」(心理的安全性)概念と、March (1991) の「exploration vs. exploitation」trade-offで理解できる。SpaceXは、explorationを重視し、短期的な失敗コストを長期的な学習利益が上回ると判断している。
第三に、NASAの「hands-off」監督スタイルである。CCPでは、NASAは詳細な技術仕様を指定せず、性能要件(例: 7名のクルーをISSに輸送、軌道上24時間滞在可能)のみを提示した。この「performance-based contracting」は、企業に設計の自由度を与え、イノベーションを促進した。対照的に、従来のNASA契約では、詳細な技術仕様(Design Specification Document、数千ページ)が契約に含まれ、企業の創造性が制約されていた。
しかし、CCPの「成功」は、SpaceX準独占という意図せざる結果をもたらした。NASAの意図は、複数の商業プロバイダーを育成し、競争的市場を創出することであった。しかし、Boeingの失敗により、SpaceXが事実上の独占的地位を獲得した。現在、ISSへの有人輸送、Artemis月面着陸船(Starship HLS、$2.9B契約)、Starlink衛星コンステレーション(6,000基以上打ち上げ済み)、国防総省打ち上げサービス(National Security Space Launch)等、SpaceXへの依存度は極めて高い。
経済学的には、これは「picking winners」政策の典型的ジレンマである。政府が特定企業を支援する場合、(1) 成功すれば産業競争力が向上するが、(2) 失敗すれば税金の浪費となり、(3) 成功しすぎると独占が生まれ競争が失われる、という3つのリスクがある。CCPは(3)のケースに該当する。
さらに深刻なのは、SpaceXがElon Musk個人に強く依存していることである。Musk のTwitter(現X)買収(2022年、$44B)後の経営判断、政治的発言、さらには精神的健康への懸念が、SpaceXの安定性に影を落としている。国家安全保障上重要なインフラが、一個人の裁量に依存する状況は、制度的脆弱性を意味する。
政策的教訓は、demand-side policyの市場形成力が極めて強力であり、意図せざる結果を生む可能性があることである。CCPは、商業宇宙産業を育成するという目標は達成したが、競争的市場の創出という目標は達成していない。今後の政策設計では、(1) 複数プロバイダーへの分散投資、(2) 技術標準の公開によるinteroperability(相互運用性)確保、(3) 長期契約の回避(lock-inを防ぐ)、という制度的工夫が必要である。
---本節では、航空機産業、宇宙産業、防衛産業の構造的差異を明示的に区別し、各産業固有の政策的インプリケーションを論じる。前述のように、本分析のデータは3つの異質な産業を混在させており、単純な言及件数の比較は産業競争力を反映しない。
商用航空機産業(本データでは809件の「aircraft」カテゴリ、ただし軍用機を含む可能性あり)は、Boeing/Airbus寡占が長期的に安定している。1990年代以降、両社の市場シェアは多少変動するものの(Boeing 40-60%、Airbus 40-60%)、寡占構造そのものは揺るがない。
この安定性の理由は、前述の4つの参入障壁(開発コスト、認証制度、アフターサービス、lock-in効果)に加え、需要の特性にある。商用航空機市場は、(1) 寡占的な顧客(航空会社もまた統合が進んでいる)、(2) 長期的な関係性(20-30年のfleet運用)、(3) 安全性への極端な重視、という3つの特徴を持つ。これらは、既存企業に有利に働く。
新規参入の試みは、歴史的に失敗してきた。Bombardier(カナダ)のCSeriesは技術的には成功したが、Boeing の政治的圧力(米国商務省への提訴、2017年)とコスト超過により、AirbusにプログラムごとVARを売却した(2018年、Airbus A220として継続)。三菱航空機のSpaceJet(旧MRJ)は、開発遅延と型式証明取得の困難により、2023年に開発中止を発表した。ロシアのIrkut MC-21は、ウクライナ侵攻後の制裁により西側市場から事実上排除された。
唯一の部分的「成功」は、中国のCOMAC C919である。C919は2023年に商業運航を開始し、中国国内市場では一定の受注(2024年時点で約1,000機)を獲得している。しかし、国際市場での競争力は不透明である。FAA認証が未取得であり、エンジン(CFM International LEAP-1C)、アビオニクス(Honeywell、Rockwell Collins)、飛行制御システム(Parker Aerospace)等の主要コンポーネントを欧米から輸入している。米中技術競争が激化すれば、これらのサプライチェーンが途絶するリスクがある。
政策的インプリケーションは、商用航空機産業における新規参入促進が極めて困難であることを認識した上で、代替的アプローチを検討すべきということである。具体的には3つの戦略が考えられる。
戦略1: 国際協調による共同開発。単独国での開発は成功確率が低いが、複数国が資源を統合すれば可能性が高まる。Airbusの成功がこれを証明している。日本、韓国、インド等のアジア諸国が協調し、「Asian Wide-Body」プログラムを立ち上げることは、理論的には可能である。しかし、(1) 開発リスクの分担、(2) 技術移転の条件、(3) 生産拠点の配分、(4) 市場配分、という4つの政治的困難を克服する必要がある。欧州が40年かけて Airbus体制を構築した事実は、国際協調の難しさを示す。
戦略2: ニッチ市場への特化。Boeing/Airbusは、150-400座席のnarrow-bodyとwide-bodyに特化している。50-100座席のregional jet市場は、相対的に競争的である(Embraer、Bombardier/Airbus A220)。さらに小規模の通勤機市場(ATR、De Havilland Canada)も存在する。日本のSpaceJetは、この70-90座席市場を狙ったが、失敗した。しかし、戦略としてのニッチ特化は依然として有効である。
戦略3: 破壊的イノベーションへの投資。Christensen (1997) の破壊的イノベーション理論によれば、既存企業が支配する市場を破壊する方法は、(1) 既存顧客が重視しない新しい価値提案を行い、(2) 新しい顧客層を開拓し、(3) 徐々に性能を向上させて既存市場を侵食する、という3段階を踏む。商用航空機で言えば、電動航空機(e-VTOL、electric vertical takeoff and landing)、超音速旅客機(supersonic transport)、成層圏飛行船等が破壊的候補である。これらはまだ商業化されていないが、技術進歩により実現可能性が高まっている。政府の役割は、これらの破壊的技術への初期投資(DARPA型の資金提供)である。
日本にとって、戦略3が最も現実的である。SpaceJet の失敗の教訓は、既存市場で Boeing/Airbusと正面から競争することの困難性である。代わりに、電動航空機や水素航空機等の次世代技術に投資し、新しい市場を創造する戦略が有望である。JAXAとIHIが共同研究している水素エンジン、トヨタが開発している燃料電池技術を航空機に応用することは、日本の強みを活かせる領域である。
宇宙産業(本データでは1,271件、全体の23%: 衛星824、月面着陸船216、宇宙船125、ロケット106)は、商用航空機産業とは対照的に、急速に変化し、政策的介入の効果が大きい産業である。
この違いの根本的理由は、市場の未成熟性にある。商用航空機市場は100年の歴史を持ち、技術・制度・ビジネスモデルが成熟している。対照的に、商業宇宙市場は2000年代から本格化し、依然として形成途上である。SpaceXのFalcon 9初打ち上げは2010年、商業衛星コンステレーション(SpaceX Starlink、OneWeb、Amazon Kuiper)は2019年以降に本格化した。この市場の新しさは、既存企業の優位性が固定化されておらず、新規参入や破壊的イノベーションの余地が大きいことを意味する。
宇宙産業の構造を3つのサブセグメントに分けて分析する。
打ち上げサービス市場では、SpaceXが圧倒的優位(米国の87%、世界の約40-50%)を持つ。この優位性の源泉は、再使用可能ロケット技術(Falcon 9第1段の垂直着陸・再使用)による劇的なコスト削減である。従来のロケット打ち上げコストは$10,000-$30,000/kgであったが、Falcon 9は$2,700/kgを実現した。さらにStarshipが完全再使用可能となれば、$100/kg以下も視野に入る。この10-100倍のコスト削減は、宇宙産業全体のビジネスモデルを変革している。
競合他社(Blue Origin、Rocket Lab、Arianespace、Roscosmos、CNSA)は、技術的にもコスト的にもSpaceXに後れを取っている。Blue OriginのNew Glennは2025年打ち上げ予定だが、開発遅延が続いている。ArianespaceのAriane 6は2024年に初打ち上げに成功したが、再使用技術を欠き、コスト競争力に課題がある。Rocket Labは小型衛星打ち上げ(Electron、250kg)で成功しているが、SpaceXとは市場セグメントが異なる。
政策的には、SpaceX独占のリスクを認識しつつ、代替プロバイダーを育成する戦略が必要である。具体的には、(1) NASA/DoD が意識的に複数プロバイダーに契約を分散、(2) 欧州・日本・インド等が自国のロケット産業を維持するための「strategic launch capability」政策、(3) 小型衛星打ち上げ市場での競争促進、という3つのアプローチが考えられる。
衛星産業(824件、全体の19%)は、打ち上げコスト低下により急拡大している。特に、low Earth orbit(LEO)衛星コンステレーションは、通信(Starlink、OneWeb、Kuiper)、地球観測(Planet Labs、BlackSky)、IoT(Swarm Technologies、Astrocast)等の多様な用途で展開されている。
この市場の特徴は、(1) 参入障壁が比較的低い(小型衛星は$1M-$10Mで開発可能)、(2) 技術進歩が速い(CubeSat、小型化、AI搭載)、(3) 多様なビジネスモデル(通信、観測、科学、軍事)、という3点である。したがって、政策介入の機会は大きい。
日本の衛星産業政策の課題は、(1) 打ち上げコストの高さ(H3ロケットはFalcon 9の2-3倍)、(2) 国内市場の小ささ、(3) 商業衛星への政策的支援の不足、の3つである。対策としては、(1) H3ロケットの商業化促進(JAXA と三菱重工の連携強化)、(2) 政府による衛星データ購入(地球観測、災害監視)、(3) 衛星コンステレーション開発への支援(通信主権確保)、が考えられる。
月・火星探査(月面着陸船216件、宇宙船125件)は、政府主導の大規模プログラムである。NASAのArtemis計画(月面基地建設)、ESAのMoon Village、中国のChangE計画、インドのChandrayaan/Gaganyaan計画等が進行中である。これらは科学的・技術的意義だけでなく、地政学的・戦略的意義を持つ。
月探査の経済学的正当化は困難である(短期的な商業的利益は限定的)。しかし、(1) 技術開発の波及効果(spinoff)、(2) 国際的プレステージ、(3) 長期的な資源利用(月の水氷、ヘリウム3)、(4) 火星探査への stepping stone、という4つの理由で正当化される。これは、Mazzucato (2013) が主張する「mission-oriented policy」の典型例である。
日本のispace社は、民間企業として月面着陸を試み(2023年HAKUTO-R Mission 1)、着陸には失敗したが、2024-2025年にMission 2/3を計画している。政府の役割は、(1) 技術開発支援(JAXA との共同研究)、(2) anchor tenancy(政府が初期顧客となる)、(3) 国際協力の促進(Artemis Accords参加)、である。
防衛産業(本データでは、兵器248件、ミサイル411件、戦闘機191件、UAV/ドローン462件等)は、国家安全保障と産業政策が交錯する最も複雑な領域である。
防衛産業の構造的特徴は、(1) 需要の monopsony(買手独占)性、(2) 技術の dual-use(軍民両用)性、(3) 国際取引の制約(ITAR、輸出管理)、(4) 長期的な関係性(decades-long programs)、という4点である。
買手独占性は、防衛産業の市場メカニズムを歪める。ほとんどの国で、防衛装備品の唯一の顧客は政府(国防省)である。これは、企業が価格交渉力を持たず、政府の調達政策が産業構造を決定することを意味する。例えば、米国のF-35プログラム(総額$1.7 trillion、史上最大の防衛調達)は、Lockheed Martinを戦闘機市場の支配的企業に位置づけた。この政策的選択は、民間市場の競争プロセスとは無関係である。
Dual-use技術は、軍事技術開発の正の外部性を生む。GPS、インターネット、ジェットエンジン、レーダー等、多くの民生技術は軍事研究から派生した。Mazzucato (2013) が強調したように、DARPAの投資がAppleのiPhoneを可能にした(タッチスクリーン、Siri、GPS、インターネット等)。この波及効果(spillover)は、軍事R&D投資の社会的正当化となる。
しかし、dual-use性は政策的ジレンマも生む。中国の「軍民融合(Military-Civil Fusion)」戦略は、民生技術を軍事に転用することを明示的に目指している。これに対し、米国は輸出規制(Entity List、ITAR)を強化し、中国への技術流出を阻止しようとしている。この技術覇権競争は、グローバルサプライチェーンを分断し、「技術ブロック化」を招いている。
日本の防衛産業政策の課題は、(1) 国内市場の小ささ(防衛費¥8.9 trillion、米国の$850Bの約1/10)、(2) 武器輸出三原則の制約(2014年に「防衛装備移転三原則」に緩和されたが、依然として制約的)、(3) 技術基盤の脆弱性(戦闘機エンジン、ステルス技術等)、の3つである。
政策的対応として、3つの方向性が考えられる。
方向性1: 同盟国との共同開発強化。F-Xプログラム(次期戦闘機)では、日本・英国・イタリアの共同開発が合意された(2022年、GCAP: Global Combat Air Programme)。2035年配備予定のこの戦闘機は、日本の技術(レーダー、電子戦システム)、英国の技術(エンジン、ステルス)、イタリアの技術(アビオニクス)を統合する。この協力は、開発コストの分担だけでなく、技術補完性により単独開発より優れた製品を生む可能性がある。
方向性2: 防衛装備移転の促進。武器輸出は、(1) 生産規模拡大による単価削減、(2) 技術基盤の維持、(3) 同盟国との相互運用性向上、という3つのメリットがある。しかし、日本の武器輸出は依然として限定的である(2023年フィリピンへのレーダー輸出が数少ない例)。政策的には、友好国・同盟国への輸出を促進し、産業基盤を強化する必要がある。
方向性3: UAV/ドローン産業の育成。本データで462件(全体の約8%)を占めるUAV/ドローンは、ウクライナ紛争で戦術的重要性が実証された。低コスト(数千ドル~数百万ドル)、大量配備可能、AI搭載、という特徴は、従来の高額兵器システム(戦闘機、戦車)のゲームチェンジャーとなりつつある。日本は、ドローン技術では中国(DJI等)に後れを取っているが、軍事用ドローンは別市場である。防衛省による国産ドローン開発支援、民間ドローン企業の防衛市場参入促進が急務である。
---本節では、Edler & Georghiou (2007, 2012) の政策類型とMazzucato (2013, 2024) のEntrepreneurial State論を統合し、航空宇宙・防衛産業への政策介入の理論的基盤を提示する。重要なのは、政策を単なる「市場の失敗の修正」ではなく、「市場の形成(market shaping)」として捉えることである。
従来の産業政策論では、supply-side policies(R&D助成、税制優遇、人材育成)が中心であった。しかし、航空宇宙・防衛産業において、R&D支援のみでは不十分である。
第一の理由は、能力構築の時間的ラグである。商用航空機の開発には10-15年、認証取得にさらに数年を要する。戦闘機開発も同様に15-20年である。この長期性は、R&D投資の効果が顕在化するまでに政権が複数回交代し、政策の継続性が失われるリスクを意味する。日本のSpaceJetの失敗も、技術的問題だけでなく、政策的コミットメントの不足(政府による大規模な launch aid の欠如)が一因である。
第二の理由は、技術開発と商業化の間の「Valley of Death」である。多くの技術は、実験室段階では成功するが、商業化段階で失敗する。この gap を埋めるには、R&D支援だけでなく、demand-side policy(政府調達、規制改革)が不可欠である。NASAのCommercial Crew Programの成功は、R&D支援(COTS: Commercial Orbital Transportation Services、2006-2013年、$800M)とdemand guarantee(有人輸送契約、$6.8B)の組み合わせによる。
第三の理由は、complementary assetsの重要性である。Teece (1986) が指摘したように、技術そのものよりも、(1) 生産設備、(2) 流通網、(3) ブランド、(4) 規制対応能力、といった補完的資産が競争優位の源泉となる。R&D支援は技術開発を促進するが、補完的資産の構築は支援しない。
したがって、supply-side政策は、以下の3つの方向で再設計すべきである。
再設計1: 長期的コミットメントの制度化。政権交代を超えて政策を継続するメカニズムとして、(1) 法律による予算確保(米国のNational Defense Authorization Act は毎年成立するが、長期プログラムは複数年契約で保護される)、(2) 独立機関の設立(JAXA、DARPA等)、(3) 産学官の長期パートナーシップ協定、が考えられる。
再設計2: Technology Readiness Level(TRL)に応じた段階的支援。NASA TRLスケール(1-9)に基づき、(1) TRL 1-3(基礎研究)は大学・研究機関への競争的資金、(2) TRL 4-6(技術実証)はSTTR/SBIR型のベンチャー支援、(3) TRL 7-9(システム実証・運用)は政府調達、という段階的支援を制度化する。
再設計3: Complementary assets構築支援。認証取得支援(FAA/EASA認証のコンサルティング、費用補助)、サプライチェーン構築支援(Tier 2/3サプライヤーの育成)、国際標準化活動支援(ISO、ICAO等での日本提案の促進)等、技術開発以外の capability buildingを支援する。
Edler & Georghiou (2007, 2012) が強調したdemand-side policiesは、単なる需要創出を超えて、産業構造そのものを形成する力を持つ。
公共調達のMarket-shaping powerは、4つのメカニズムで作用する。
メカニズム1: 初期市場の創出(Lead market creation)。新技術は、初期には民間市場が存在しないことが多い。政府が「最初の顧客」となることで、企業は投資回収の見込みを得られる。SpaceXのFalcon 1初期開発は民間資金であったが、NASA COTS契約(2008年、$1.6B)がなければ、SpaceXは倒産していた可能性が高い。
メカニズム2: 技術標準の設定(Standard setting)。政府調達の仕様は、事実上の技術標準となる。NASAのCommercial Crew Programが要求した安全基準(Loss of Crew確率1/270以下)は、商業宇宙産業全体の安全標準となった。同様に、DoD のcybersecurity標準(NIST SP 800-171、CMMC)は、防衛サプライチェーン全体に波及している。
メカニズム3: Risk sharing(リスク分担)。新技術開発の不確実性が高い場合、企業は単独でリスクを負えない。政府が段階的に契約・支払いを行うことで(milestone contract)、リスクを分散できる。これは、venture capitalが提供するfinancingとは異なる。VCは equity(株式)を要求するが、政府契約はequityを要求しない(企業の独立性を維持)。
メカニズム4: Scale-up支援(規模拡大)。新技術が実証段階から商業化段階に移行する際、生産規模の拡大が必要である。政府の大規模調達(例: F-35プログラム、3,000機以上)は、企業が規模の経済を達成し、単価を下げることを可能にする。
しかし、公共調達には3つのリスクがある。
リスク1: Lock-in とvendor monopoly。SpaceXのケースのように、特定企業への依存が高まりすぎると、競争が失われ、政府の交渉力が低下する。対策として、(1) 意識的に複数プロバイダーに契約を分散、(2) 技術標準の公開によりinteroperability確保、(3) 契約期間を制限しre-competeを義務化、が必要である。
リスク2: Crowding-out(民間投資の押し出し)。政府調達が市場を独占すると、民間市場が発達しない。宇宙産業では、政府調達(NASA、DoD、諜報機関)が市場の大部分を占めるため、商業市場が限定的である。対策として、dual-use技術の促進(軍事技術の民生転用)、規制改革による民間市場拡大(衛星通信の周波数割当等)が必要である。
リスク3: 政治的圧力とrent-seeking。大規模調達は政治的圧力の対象となりやすい。米国では、議員が自選挙区への工場誘致を要求し、DoD調達決定が歪められる(いわゆる「pork barrel」)。F-35プログラムでは、Lockheed Martinが意図的に45州にサプライチェーンを分散させ、議会の政治的支持を確保した。対策として、調達プロセスの透明性確保、専門家委員会による評価、会計検査院の監視強化が必要である。
日本の公共調達政策の課題は、(1) 価格偏重(最低価格落札方式)、(2) 短期契約(単年度予算主義)、(3) リスク回避(前例主義)、の3つである。これらは、イノベーティブな企業の参入を阻害する。
改革の方向性として、(1) 価格以外の要素の重視(技術力、イノベーション、中長期的コスト)、(2) 複数年度契約の拡大(国会承認により可能)、(3) Pre-commercial procurement(商業化前段階での調達、欧州で実施)の導入、が考えられる。
特にPre-commercial procurementは、日本で未活用の有力な政策ツールである。これは、R&D段階で政府が複数企業と契約し、プロトタイプ開発を支援する。成功した企業のみが次段階(商業生産)に進む。この仕組みは、(1) 競争を維持しつつ、(2) 政府がリスクを分担し、(3) 複数の技術的アプローチを並行探索できる、という3つのメリットがある。
Edler & Georghiouの類型において、systemic policiesは、イノベーションエコシステム全体の構造を対象とする。航空宇宙・防衛産業では、エコシステムは、(1) 企業(OEM、Tier 1/2/3サプライヤー)、(2) 研究機関(大学、国立研究所)、(3) 政府(調達機関、規制当局)、(4) 金融(VC、銀行)、(5) 人材(技術者、経営者)、の5つの要素からなる。
制度的補完性(institutional complementarity)の概念(Aoki, 2001)は、これらの要素が相互に強化し合うとき、システム全体のパフォーマンスが向上することを示す。米国の宇宙産業エコシステムの成功は、(1) NASAの技術開発とリスクテイク、(2) DARPAの先端研究、(3) DoD/諜報機関の大規模調達、(4) Silicon ValleyのVC資金、(5) Stanford/MIT等の人材供給、(6) FAA/FCC等の規制当局の柔軟性、という6つの要素の補完性による。
日本のエコシステムの課題は、この補完性の欠如である。具体的には、(1) JAXA/防衛省/経産省の縦割り、(2) VCの航空宇宙産業への投資不足(リスク回避)、(3) 大学の実用化志向の弱さ(基礎研究偏重)、(4) 規制当局の保守性、(5) 人材の流動性の低さ(企業間・産学官間の移動が少ない)、という5つの問題がある。
Systemic政策の具体例として、以下の3つを提案する。
提案1: 産学官連携の制度的深化。現在の共同研究は、短期的(2-3年)、小規模(数千万円~数億円)が多い。これを、(1) 長期化(10年プログラム)、(2) 大規模化(数十億円~数百億円)、(3) 人材交流の義務化(企業から大学への出向、逆も)、(4) IP(知的財産権)の柔軟な配分(大学・企業双方が commercializeできる)、という4つの方向で深化させる。米国のNSF Engineering Research Centers、欧州のFramework Programmeが参考になる。
提案2: Regulatory sandbox の拡大。新技術の商業化は、既存規制に適合しないことが多い。Regulatory sandbox(規制の「砂場」)は、限定的な条件下で規制を一時的に免除し、実証実験を可能にする制度である。日本では金融分野で導入されたが、航空宇宙分野では未活用である。例えば、(1) ドローンの都市部飛行、(2) 再使用可能ロケットの実験、(3) 超音速飛行の実証、等にregulatory sandboxを適用すべきである。
提案3: Talent circulationの促進。シリコンバレーの成功要因の1つは、企業間・産学間の人材流動性である。日本では、終身雇用慣行と年功序列がこれを阻害している。政策的には、(1) クロスアポイントメント(大学教員が企業役員を兼任)の促進、(2) 政府・企業間の人材交流(米国のIntergovernmental Personnel Act が参考)、(3) ストックオプション税制の改善(ベンチャー企業の人材確保を支援)、が考えられる。
Mazzucato (2013, 2024) のMission-oriented innovation policyは、政府が明確な「mission」(使命)を設定し、産学官の資源を動員することを主張する。Apollo計画(月面着陸)、Manhattan Project(原爆開発)がhistoricalな成功例である。
Mission-oriented政策の5つの原則は以下の通りである。
原則1: Bold, inspirational mission。Missionは、大胆で、社会的意義があり、人々を inspire するものでなければならない。「2035年までに完全電動旅客機を実現」「2040年までに月面基地を建設」といった具体的・期限明確なmissionが有効である。
原則2: Cross-sectoral coordination。Missionは、単一省庁では達成できない。航空宇宙・防衛・エネルギー・情報通信等、複数セクターの協調が必要である。制度的には、(1) 首相直轄のmission本部設置、(2) 省庁横断予算の確保、(3) KPIによる進捗管理、が必要である。
原則3: Public-private risk sharing。Mission達成には高いリスクが伴う。政府が初期段階のリスクを負担し、成功した場合は民間が commercializeするというrisk sharingが必要である。ただし、Mazzucato (2013) が批判するように、「リスク社会化・利益私有化」は不公平である。政府がリスクを負担するなら、成功時の利益の一部も社会に還元すべきである。具体的には、(1) 政府がequity(株式)を取得、(2) 知的財産権の一部保持、(3) license料の徴収、等が考えられる。
原則4: Bottom-up experimentation。Missionは top-down で設定されるが、実現手段はbottom-upであるべきである。政府が詳細な技術仕様を指定すると、イノベーションが阻害される。代わりに、performance requirements(性能要件)のみを提示し、企業・研究者に創造的自由を与える。NASA Commercial Crew Programが成功例である。
原則5: Long-term patience。Missionは10-20年の長期を要する。短期的な失敗に寛容であることが必要である。SpaceXは初期に3回連続で打ち上げ失敗したが、NASAは契約を維持した。この「patient capital」の提供が、イノベーションを可能にする。
日本のmission候補として、以下の3つを提案する。
Mission 1: 「2040年までに水素航空機の商業運航を実現」。日本は水素技術で世界をリードしている(トヨタ燃料電池、川崎重工水素タービン、IHI水素エンジン)。この強みを活かし、航空機を水素化することは、(1) 航空産業の脱炭素化、(2) 水素インフラの構築、(3) 新しい航空機市場の創造、という3つの意義がある。Airbus は2035年水素航空機を目標としており、日本も対抗すべきである。
Mission 2: 「2035年までに月面有人拠点への定期輸送を実現」。NASA Artemis計画に参加し、日本の有人月面着陸船・月面ローバーを開発する。ispace等の民間企業と連携し、商業的な月面輸送サービスを確立する。これは、(1) 宇宙産業の技術基盤強化、(2) 国際プレステージ、(3) 資源探査の足がかり、という3つの意義がある。
Mission 3: 「2030年までに完全自律型防衛UAVシステムを実現」。AI搭載の自律型ドローンは、将来の防衛の中核となる。日本は、AIロボティクス技術で強みがあり(ソニー、トヨタ、Preferred Networks)、これを防衛に応用すべきである。ウクライナ紛争で実証されたように、低コスト・大量配備可能なUAVは、戦術を根本的に変える。
---政策介入は、意図した効果だけでなく、意図せざる結果(unintended consequences)を生む。本節では、3つの典型的な因果メカニズムと意図せざる結果を論じる。
現在のネットワーク構造(米国中心、hub dominance、低冗長性)は、多くの stakeholders にとって不利であるにもかかわらず、変革が困難である。この paradox の理由は、lock-in効果の政治経済学にある。
既得権益の抵抗。現在の構造から利益を得ている actor(米国企業、hub企業、規制当局)は、変革に抵抗する。Lockheed Martinにとって、F-35独占は莫大な利益をもたらす(lifetime revenue $1.7 trillion)。この利益の一部は、議会へのlobbying、選挙献金、議員の選挙区への工場誘致という形で、政治的影響力に転換される。Olson (1965) の集合行為論によれば、小規模で組織化された利益集団(defense contractors)は、大規模で分散した集団(納税者)より政治的影響力が強い。
Sunk costとstranded assets。既存のインフラ・設備・人材への投資は、sunk cost(埋没費用)である。Boeing の737生産ラインへの投資は数十億ドルに及ぶ。新しい航空機プラットフォームへの移行は、これらの投資を無価値化する。企業は、rational に考えれば、sunk costは意思決定に影響すべきでないが、behavioral economics が示すように、実際にはsunk cost fallacy(埋没費用の誤謬)により、既存の投資を守ろうとする。
Coordination failure。変革には、複数の actor の協調が必要である。例えば、航空機の水素化には、(1) 航空機メーカーの設計変更、(2) エンジンメーカーの技術開発、(3) 空港の水素インフラ整備、(4) 規制当局の安全基準策定、(5) 航空会社の調達方針変更、という5つの変化が同時に必要である。しかし、各actorは他のactorが動かない限り動かないという「coordination failure」に陥る。これは、game theoryのNash equilibrium の複数性の問題である。
政策的対応として、3つのアプローチが考えられる。
アプローチ1: Compensatory policies(補償政策)。変革により損失を被る actor に補償を提供することで、抵抗を弱める。例えば、石炭産業からの移行では、炭鉱労働者への再訓練プログラム、地域経済支援が実施される。航空宇宙産業でも、既存企業が新技術への移行を行う場合、transition support(移行支援)を提供すべきである。
アプローチ2: Focal point creation(焦点の創出)。Coordination problemを解決するには、すべての actor が協調する「focal point」(焦点)を政府が提示する。Mission-oriented policyは、まさにこの focal point creation である。「2040年水素航空機」というmissionを政府が明確に設定すれば、各actorはそれに向けて投資を調整できる。
アプローチ3: Sunset clauses とphase-out schedules。既存技術・制度に「sunset clause」(終了条項)を設け、段階的廃止のスケジュールを明示する。例えば、「2050年以降、ジェット燃料航空機の新規販売を禁止」という規制を2030年に宣言すれば、企業は20年の猶予期間で準備できる。欧州のICE車販売禁止(2035年)が precedent である。
サプライチェーンの低冗長性(平均調達元国数1.55)は、効率性とレジリエンスのtrade-offの帰結である。企業は、利潤最大化のために効率性を選ぶが、システム全体のレジリエンスは犠牲になる。
この問題は、典型的な外部性(externality)である。個別企業が冗長性を削減してコストを下げることは、rational であるが、システム全体の脆弱性を高め、地政学的ショック時に連鎖的破綻を招く。2011年の東日本大震災後の自動車部品供給途絶、2020年のCOVID-19パンデミック時の医療物資不足が、この外部性の顕在化である。
経済学的には、外部性の内部化(internalization of externalities)が解決策である。具体的には、以下の3つの政策ツールが考えられる。
ツール1: Redundancy mandate(冗長性義務)。政府が、重要部品について、複数調達元の維持を義務付ける。例えば、「エンジン部品は最低2カ国以上から調達すること」という規制を導入する。これは、externality を規制により内部化する古典的アプローチである(Pigou, 1920)。ただし、コスト増加が問題となる。政府は、冗長性維持のコストを補助するか、税制優遇で支援する必要がある。
ツール2: Strategic stockpiling(戦略的備蓄)。政府が、重要部品・材料の国家備蓄を持つ。米国のStrategic Petroleum Reserve(石油戦略備蓄)、日本のレアアース備蓄が precedent である。航空宇宙・防衛産業では、(1) レアアース、(2) 半導体、(3) チタン、(4) エンジン部品、等が備蓄候補である。備蓄コストは、保険料(insurance premium)と考えるべきである。
ツール3: Scenario planning と stress testing。金融規制で導入されているstress testing(金融機関が extreme scenario で破綻しないかをテスト)を、サプライチェーンにも適用する。政府が、「中国からの供給完全途絶」「台湾有事」「中東紛争」等の scenario を設定し、企業にstress testを義務付ける。テストで脆弱性が発見されれば、対策(代替調達先確保、備蓄増加)を要求する。
重要なのは、効率性とレジリエンスは必ずしもtrade-offではないという点である。適切な制度設計により、両立可能である。例えば、(1) modular design(モジュラー設計)により、部品の互換性を高める、(2) デジタルツイン技術により、サプライチェーンの可視化とリアルタイム監視を行う、(3) AI予測によりリスクを事前検知し、proactiveに対応する、という技術的アプローチがある。
Friend-shoring政策(信頼できる同盟国とのサプライチェーン構築)は、理論的には望ましいが、実際の実現は困難である。理由は、collective action problem(集合行為問題)にある。
すべての同盟国が、「米国・欧州・日本・韓国・豪州等の民主主義国でサプライチェーンを完結させる」ことに合意したとしよう。しかし、各国は以下のインセンティブを持つ。
Incentive 1: Free-riding。他国がコストを負担してサプライチェーンを構築すれば、自国はコストを負担せずにその恩恵を享受できる(free-ride)。例えば、日本が半導体工場を国内に建設すれば、韓国はそこから調達できる。韓国は自国での投資を避け、日本に依存する incentive を持つ。
Incentive 2: Defection for economic gain。中国市場の巨大さ(GDP $18 trillion、世界第2位)を考えれば、中国との取引を完全に断つことは経済的損失が大きい。各国は、「他国は Friend-shoring に従うが、自国だけは例外的に中国と取引する」という defection(離反)の誘惑を持つ。
Incentive 3: Domestic political pressure。Friend-shoring はコスト増加を伴う(中国からの調達より高い)。国内企業・消費者は、「なぜ高いコストを負担しなければならないのか」と反発する。政治家は、次の選挙を考え、短期的な経済的利益を優先する incentive を持つ。
このcollective action problemの解決には、以下の3つのメカニズムが必要である。
メカニズム1: Enforceable agreement(実効性ある合意)。単なる政治的宣言ではなく、法的拘束力を持つ条約を締結する。AUKUS協定(2021年)は、安全保障協力を制度化した例である。さらに、Friend-shoring協定を、(1) 具体的な数値目標(「2030年までに対中依存度を50%削減」)、(2) 定期的なレビューメカニズム、(3) 違反時のペナルティ(関税、補助金停止)、という3つの要素で強化すべきである。
メカニズム2: Cost-sharing formula。Free-riding を防ぐため、各国が負担すべきコストを明確に配分する。NATO の国防費負担(GDP比2%)が precedent である。Friend-shoring では、「各国は、重要技術・部品の国内生産能力を、需要の X% 維持する義務を負う」というルールを設定する。
メカニズム3: Monitoring と transparency。各国の遵守状況を監視し、公表する。WTOのTrade Policy Review Mechanism が参考になる。Friend-shoring協定でも、独立機関(国際機関または第三者委員会)が、各国の対中依存度、国内生産能力を定期的に評価し、公表する。Transparencyは、defection を抑止する(評判コストが高まる)。
さらに根本的には、Friend-shoring を単なる「対中デカップリング」ではなく、「positive integration」(積極的統合)として framing することが重要である。すなわち、「中国排除」という negative なメッセージではなく、「民主主義国間の経済的相互依存深化」「共通の価値観に基づく繁栄」という positive なメッセージを前面に出す。これは、political economy の観点から、domestic support を得やすい。
---本分析は、航空宇宙・防衛産業サプライチェーンネットワークの構造を、scale-free network理論、制度的要因、産業組織論、イノベーション政策論の統合的枠組みで解明した。主要な理論的貢献は、以下の3点である。
第一に、現在の構造が偶然ではなく、制度的要因の帰結であることを示した。米国中心性は、Cold War期の NATO システム、ITAR規制、NASA/DARPAの戦略的投資により形成された。Hub dominance は、preferential attachment メカニズムと、認証制度・規模の経済による参入障壁により自己強化される。インドの台頭は、Offset政策とMake in Indiaという戦略的産業政策の成果である。
第二に、政策介入の因果メカニズムを明示した。Supply-side政策(R&D支援)のみでは不十分であり、demand-side政策(公共調達)の市場形成力が重要である。NASA Commercial Crew Programは、demand guarantee により SpaceX を育成したが、意図せずに準独占を生んだ。この事例は、政策の強力さと、意図せざる結果のリスクを同時に示す。Systemic政策は、エコシステム全体の制度的補完性を対象とし、産学官連携、規制改革、人材流動化を促進する。Mission-oriented政策は、大胆なvisionを提示し、長期的コミットメントを制度化する。
第三に、政策の複雑性と限界を論じた。Lock-in効果は、既得権益・sunk cost・coordination failureにより変革を困難にする。効率性とレジリエンスのtrade-offは、外部性問題であり、市場メカニズムのみでは解決されない。同盟国協調は、collective action problemに直面し、free-riding と defection のリスクがある。
膨大な政策オプションの中で、何を優先すべきか。以下、時間軸に応じた優先順位を提示する。
短期(1-3年): リスク顕在化への備え
最優先課題は、地政学的リスクの顕在化(台湾有事、米中全面対立)に備えることである。
これらは、コストが比較的低く(数百億円~数千億円)、immediate impact がある。
中期(3-7年): 制度改革と能力構築
中期的には、制度的枠組みを変革し、国内能力を構築する。
これらは、数千億円~数兆円の投資を要するが、産業基盤の根本的強化につながる。
長期(7-20年): Mission-oriented transformation
長期的には、大胆なmissionを設定し、産業構造を変革する。
これらは、10-20年の長期を要し、数兆円の投資が必要だが、国際的地位と産業競争力を根本的に向上させる。
本分析を通じて明らかになったのは、政策の本質が制度設計であるということである。「代替調達せよ」「国産化せよ」といった表面的な指示は、実効性を持たない。重要なのは、(1) 誰のインセンティブをどう変えるか、(2) どの制度を変えれば行動が変わるか、(3) 意図せざる結果をどう緩和するか、という制度設計の詳細である。
ITAR規制がサプライチェーン構造を決定したように、制度は強力である。インドのOffset政策が産業基盤を構築したように、巧妙な制度設計は戦略的効果を持つ。NASA Commercial Crew ProgramがSpaceXを育成したように、demand-side policyは市場を創造する。しかし、同時にSpaceX準独占という意図せざる結果を生んだように、政策には常にリスクが伴う。
したがって、政策立案者に求められるのは、(1) 理論的厳密性(経済学・ネットワーク理論・政治経済学の統合)、(2) 実証的根拠(データに基づく因果推論)、(3) 制度的詳細への注意(incentive structure の設計)、(4) 長期的視野(10-20年のコミットメント)、(5) 柔軟性と学習(意図せざる結果への対応、政策の反復的改善)、という5つの資質である。
本報告書が、表面的な提言を超えて、制度設計の重要性と複雑性を示し、政策立案者・産業界・学術界の深い議論の出発点となることを期待する。行動を起こす時は今である。しかし、その行動は、思慮深い制度設計に基づくべきである。
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報告書完
作成日: 2025年10月28日
総文字数: 約48,000字
参考文献: 本文中に引用
データ出典: /ecsti2/llm/supply-chain/out/(entities_deduplicated.csv, relationships_deduplicated.csv, critical_entities.csv, country_flow_matrix.csv)
Barabási-Albert (BA) modelは、以下の2つのメカニズムでscale-free networkを生成する。
1. Growth: ネットワークは時間とともに成長する(ノードが追加される) 2. Preferential attachment: 新しいノードは、既存ノードの次数に比例した確率で接続する
数式的には、新しいノードが既存ノード $i$ と接続する確率 $\Pi(k_i)$ は、
$$\Pi(k_i) = \frac{k_i}{\sum_j k_j}$$ ここで、$k_i$ はノード $i$ の次数である。 この process の下で、次数分布は power-law に従う: $$P(k) \sim k^{-\gamma}$$ここで、$\gamma \approx 3$ である(BA modelの場合)。
本分析のネットワークが完全にpower-lawに従うかは、厳密な統計的検定を要するが、hub dominance(最大次数245 vs. 平均3.52)は、power-law的性質を示唆する。
Supply-side policies:
Demand-side policies:
Systemic policies: